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山口地方裁判所 昭和60年(レ)31号 判決 1987年5月21日

控訴人 セコム株式会社

右代表者代表取締役 垂井一郎

右訴訟代理人弁護士 角田愛次郎

被控訴人 佐藤晃一

主文

一  原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

1  債権者控訴人、債務者被控訴人間の岩国簡易裁判所昭和五九年(ロ)第七五九号督促手続事件の仮執行宣言付支払命令は、金三九万四七〇〇円及びこれに対する昭和五九年八月三一日から支払済まで年六分の割合による金員の支払を命ずる部分を認可し、その余を取り消す。

2  右取消にかかる部分につき控訴人の請求を棄却する。

二  控訴人が当審で拡張した請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

債権者控訴人、債務者被控訴人間の岩国簡易裁判所昭和五九年(ロ)第七五九号督促事件の仮執行宣言付支払命令を認可する。

2  被控訴人は控訴人に対し、金六九万四四九一円及びこれに対する昭和六〇年一二月八日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。(当審における請求拡張部分)

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  第2、第3項につき仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴並びに控訴人が当審で拡張した請求をいずれも棄却する。

2  当審における訴訟費用は全部控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は、商店・ビル・工場等の警備を行うことを業とする株式会社である。

2  控訴人は被控訴人との間で、昭和五九年一月一九日、被控訴人の経営する山口県岩国市今津町二丁目二番二四号所在ニシキ理健産業の事務所(以下被控訴人事務所という)を警備の対象とし、次の約定で警備請負契約(以下本件契約という)を締結した。

(一) 控訴人は、被控訴人事務所に警報機器を設置し、業務提供時間中警報機器により送信される異常の有無につき一般公衆回線を介して管制本部で間断なく監視する。その結果異常情報を受信したときは緊急要員を現場に急行させ、関係各署への通報その他必要な措置をとる。

(二) 警備料は一か月金二万四九〇〇円とし、被控訴人は三か月毎にその期間の警備料を当該期間の始まる前日までに支払う。但し、初回分は警備開始日より七日以内に支払う。

(三) 契約期間は警備開始の日から五年間とし、その後は一年毎に更新できるものとする。

(四) 被控訴人は控訴人に対し、本件契約締結後七日内以に保証金五万円を、警報機器設置完了時に装置据付費用金四万円を各支払う。

(五) 設置した警報機器は控訴人の所有に属し、契約終了時における撤去費用は被控訴人の負担とする。

(六) 被控訴人は、自己の事由に基づき本件契約を契約期間満了前に解約するときは、控訴人に対し、解約日から期間満了日までの警備料相当額の解約金を支払う。

(七) 本件契約が期間満了前に終了したときは、控訴人は保証金を違約金として収納する。

3  そこで控訴人は、昭和五九年二月三日、被控訴人事務所に警報機器の設置を完了し、同月六日より警備を開始した。

4  ところが被控訴人は、同年三月二三日、自己都合で本件契約の解約をなした。

5  これに伴い、控訴人は同月二六日警報機器を撤去したが、右撤去費用として金一万円を要した。

6  よって控訴人は被控訴人に対し、次の金員の支払を求める。

(一) 保証金相当違約金 金五万円

(二) 装置据付費用 金四万円

(三) 警備料 金三万八八二四円

但し、昭和五九年二月六日から同年三月二二日までの分(一か月に満たない期間については一か月を三〇・四日として日割計算)

(四) 警報機器撤去費用 金一万円

(五) 約定解約金 金一四五万五六六七円

但し、昭和五九年三月二三日から約定期間満了日である昭和六四年二月五日まで一か月金二万四九〇〇円の割合による警備料相当額(一か月に満たない期間については一か月を三〇・四日として日割計算)

以上合計 金一五九万四四九一円

(六) 右(一)ないし(四)の金員及び(五)の内金七六万一一七六円合計金九〇万円に対する支払命令送達の翌日である昭和五九年八月三一日から、(五)の内金六九万四四九一円(当審における請求拡張部分)に対する当審における請求拡張にかかる準備書面送達の翌日である昭和六〇年一二月七日から各支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金

二  請求原因に対する認否

請求原因1の(六)の約定がなされたことは否認し、その余の請求原因事実は認める。

三  請求原因1の(六)掲記の約定(以下本件解約金約定という)についての被控訴人の主張

1  被控訴人は、本件契約に際し、控訴人の岩国営業所長訴外増山和男と面談して控訴人の用意した契約書に署名押印したものであるところ、控訴人において右契約書中の基本請負約款に第一四条として本件解約金約定を不動文字で印刷していたのであるが、同訴外人は右約定が極めて重要な事項であるのに何等これを被控訴人に告知しなかったため被控訴人は解約後請求を受けるまで右条項の存在を知ることができなかった。

2  本件解約金の額は不相当な高額であり、別途、請求原因1の(七)掲記の保証金収納の条項があることに照らしても合理性のないことが明らかである。

従って、本件解約金約定の約款は不意打ち条項あるいは例文に過ぎないものとして、当事者間の合意の対象となっておらず当事者を拘束する効力を持たない。

四  被控訴人の主張に対する認否及び反論

1  被控訴人の主張1の事実中、被控訴人が解約後請求を受けるまで本件解約金約定の条項を知ることができなかったとの点は否認し、その余の事実は認める。

本件の契約書は、表紙及び添付図面を含めて全部で一〇ページから成るが、本件の解約金規定は第二ページ目に読みやすい文字とレイアウトで明瞭に印刷されており、通常人であれば容易に理解できる内容となっている。

しかも本件は、被控訴人から自発的に控訴人営業所に照会してきたことから、約一か月間に数回控訴人岩国営業所長訴外増山が被控訴人と面会して契約内容の説明をしたうえ、本件契約書作成に際しても、訴外増山において被控訴人に右契約書を手渡して約一時間かけて契約内容の説明をしており、その際、契約期間が五年間であることにも触れている。

さらに被控訴人は当時、従業員を七、八人雇用して健康器具等の訪問販売事業を営み、長年に亘り日常的にクレジット契約を始めとする契約書の取扱をしていたのであるから、契約書への署名、押印が、その契約書に記載されている条項につき合意したうえで契約を締結する旨の意思表示となること、又、一旦締結した継続的債権契約について一方当事者の都合で解約する場合には相当の制裁が課されることが多いことは熟知していたはずである。

従って、被控訴人は本件の契約書への署名押印に際しては、本件解約金約定の条項の存在を知っていたはずであるし仮に知らなかったとしても、右のような事情のもとでは右条項は予期に反する不意打ち条項であるとは言えず、本件解約金約定は合意の対象となっており、この拘束力を否定することは契約の自由に対する不合理な制約であると言わねばならない。

2  被控訴人の主張2は争う。

本件解約金約定が賠償額の予定として、過大なものでなく、合理性を有する事情は次のとおりである。即ち、

(一) 本件契約による警備サービスの内容は、次のようになっている。

控訴人は被控訴人事務所に火災感知のための煙感知器及び熱感知器、窓、ドアが開いたことを磁気を利用して感知するマグネットセンサー、右各感知器あるいはセンサーから出された無線信号を受信、分析して広島市にある中国コントロールセンターへの通報を指令するコントローラー、右通報指令を受けて自動的に電話回線を通じ中国コントロールセンターの大型コンピューターへ異常内容を通報するダイヤラ(電話回線で右コントロールセンターと接続)、非常通報のためのボタン(パニックボタン、固定、携帯用各一個)合計一七個の警報機器を設置した。

異常通報を中国コントロールセンターの大型コンピューターが受けた場合には、その表示装置の前で監視している管制員が直ちに緊急発進基地である控訴人岩国営業所(当時約一三〇件の警備対象物件を担当)又は巡回警備中の警備用自動車内の警備員に無線で異常通報の内容等を連絡して現場への急行を指令し、右警備員においてコントロールセンターと連絡をとりつつ、適切な処置をとることになる。また前記パニックボタンを押した場合にも同様にして警備員が現場に駆け付けてくることとなる。さらに前記電話回線について切断等の異常事態が発生した場合にも右コントロールセンターに自動的にその旨の通報がなされる。控訴人は岩国営業所において、警備業法に基づき山口県公安委員会規則で定める即応体制(コントロールセンターで異常信号を受信したときから二五分以内に警備対象物件に警備員が到着する体制)を満たすのに必要な数の警備員と警備用車両を備えており、多くの場合一〇分以内には警備員が現場に到着している。

(二) 控訴人が顧客に提供している警備サービスには本件のような機械を使用した集中監視を核とする警備(セントラライズド警備と称する)のほか顧客の建物に控訴人の従業員が常駐して警備に当たる常駐方式があるが、控訴人の警備事業による収入のうちセントラライズド方式によるものが約七三パーセント、常駐方式によるものが約一五パーセントを占めている。

而して、本件のようなセントラライズド方式による警備は信頼性の高い警備を安い価格で一般に提供するために控訴人が莫大な資本と労力を投下して開発してきたものであり、控訴人は、安価な料金で高品質の警備サービスを提供できるよう、契約期間内の中途解約によって警備料収入が中断することがないことを前提として計算されたレベルに警備料を設定している。即ち、本件では五年間を通じて合計金一四九万四〇〇〇円の警備料収入を得ることによる投下資本の回収を見込んでいるのである。

(三) そして右のような本件警備サービスを提供するための原価の割合は、警備料収入の約五〇パーセントと算定されるから本件の原価は約七五万円、そのうち本件固有の原価は警備機器代金約二〇万円及び右機器設置費用六万四四〇〇円から被控訴人より支払われる工事費用四万円を差し引いた約二二万円であり、その余の約五三万円は警備員の給与、コントロールセンターや緊急発進基地の賃借料及びそこで使用する装置の原価償却費、警備用自動車の維持費等、セントラライズド方式による警備全体の運営に必要な費用にあてられることになる。控訴人は中途解約をされてもセントラライズド方式による警備全体の運営のために必要な原価約五三万円を負担することに変わりはなく、また回収した警備機器についても三分の一は廃棄するほかなくその余についても修理したうえ保守交換又は見本の用に供するしかないから、本件固有の原価もそのまま控訴人の負担となり、被控訴人の中途解約によって控訴人が免れる出費は殆どない。

(四) 予定された賠償額は、最大でも控訴人の得べかりし利益の約二倍に過ぎない。即ち約定の契約期間中契約が継続したとすると控訴人が得たであろう利益は約七五万円である。これに対し残存契約期間の警備料相当額は最大警備料総額一四九万四〇〇〇円に過ぎない。

従って、本件解約金約定に合理性があることは明らかである。

五  抗弁

本件契約は控訴人において、最も重要な本件解約金約定につきことさらに告知せず、被控訴人の不知に乗じて、過大な解約金の約定をなさしめて暴利を得ることを内容とするものであるから、本件解約金の約定については、公序良俗に反し無効である。

六  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の(六)の約定の成否の点を除く請求原因事実は当事者間に争いがなく、本件契約に際し控訴人が用意し被控訴人において署名押印した契約書にはその基本請負約款第一四条に請求原因1の(六)掲記の解約金の定めが不動文字で印刷されているが、右契約に当たり、控訴人の担当者である岩国営業所長訴外増山は被控訴人に対し、右条項につき説明しなかったことは弁論の全趣旨から明らかである。

二  そこで右解約金条項の拘束力につき検討する。

1  前示事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は昭和五八年一二月二二日頃、被控訴人事務所を賃借し、ニシキ理健産業の商号で従業員七、八名を雇い、健康布団の訪問販売をしていたが、夜間事務所不在となるため、控訴人岩国営業所に警備についての照会をした。

(二)  これを受けて控訴人岩国営業所長訴外増山は、被控訴人事務所に赴き、被控訴人に対し、防犯、防火の警備システムについて説明し、同月二八日には、警備機器据付位置を確認して見積書を提出し、その際、警備体制の具体的な説明のほか、契約期間は五年で、警備料は一か月金二万四九〇〇円で三か月分前納、保証金が五万円で、装置据付料が四万円である旨説明した。

(三)  その後被控訴人は控訴人岩国営業所の見学をしたり被控訴人事務所で訴外増山から再度警備体制等について数回説明を受けた後、控訴人が用意した契約書一式をあらかじめ渡されたが、訴外増山を信じ、特にこれに目を通すこともしなかった。

(四)  本件の契約書は一枚目に署名箇所があり、契約対象物件、保証金、契約料金月額、装置据付費用が記載されているが、二枚目に基本請負約款が細字で印刷されており、第一条に控訴人は五年間、その後は更新により一年毎の期間、業務提供することの定めが、第二条に契約料三か月分前納の定めが、第三条に保証金収納の定めが、第一四条に本件解約金の定めが各記載されている。そしてその後に協定事項が記載され、末尾に機器据付図面が添付されている。

(五)  昭和五九年一月一九日、訴外増山は被控訴人に対し契約書を見ながら、警備料月額、これを三か月分前納とし、銀行の自動振込で支払うこと、保証金額、装置据付費用、契約期間が五年であること、事故の場合の控訴人の責任、警備計画について説明したうえ、署名を求め、被控訴人は右契約書に署名押印した。

(六)  訴外増山は本件解約金の条項については、他の事項につき何度も繰り返して被控訴人に説明した一方で全く触れることはなく、契約期間についても五年であると言うのみで、五年を単位として警備料月額が算定されている等本件解約金約定の存在を窺わせる事情についても全く触れることはなかったため、被控訴人は訴外増山を信じ重要事項はすべて説明を受けているものと考え、改めて約款を吟味することもしなかった。

(七)  そこで控訴人は同年二月三日、被控訴人事務所に警報機器の設置を完了し、同月六日警備を開始したが、その直後被控訴人の経営状態は悪化し、控訴人に何等の支払をなさないまま、被控訴人は同年三月二二日事務所を閉鎖し、翌日本件契約の解約をなすに至った。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

そして、本件解約金条項は本件契約において重要な意味を有することは明らかであるところ、右認定したところによれば、被控訴人において営業上クレジット契約に関わることが多かったことを考慮に入れても、被控訴人が本件解約金条項の存在を知らなかったことも無理からぬものであり、右条項は被控訴人にとって予期しないものと言うべきであるから、右条項が当事者双方にとって合理的なものと認められない限り、合意の対象になっているものとは言いがたく、これに当事者を拘束する効力を認めることは相当でない。

2  そこで右の合理性につき吟味する。

而して本件解約金約定に沿うと、被控訴人は四五日間の警備サービスを受けたに過ぎないのに、五年間の警備料一四九万四〇〇〇円及び保証金五万円ほか計一〇万円の支払を余儀なくされ、過大な負担を強いられることとなる。

《証拠省略》によれば、被控訴人の主張に対する認否及び反論2の(一)ないし(四)の事情が認められ、なるほど被控訴人の中途解約によって控訴人の免れる負担は少なく、他に顧客を得ることは右解約の有無に関係なく為されうることであって解約による得べかりし利益分を他の顧客確保によって回収する関係にはならない。

そして、控訴人においてその経営を維持してゆくために五年間の警備料収入を確保してゆくことが望まれることも首肯しえないものではない。

しかしながらこれはあくまでも控訴人側の事情にとどまり、警備料月額等に着目して契約を結ぶに至った被控訴人に対し、何等の了解もなく右の解約金支払義務を押し付けることは右の控訴人の事情から直ちに合理化されるものではなく、右の控訴人の事情あるいは解約金約定についての了解が無い限り、被控訴人にとっては一方的に過酷な負担を強いられるものと言わざるを得ず、右の了解がなかったことは前示認定のとおりであるから、結局本件解約金全額の支払義務を被控訴人に負担させる拘束力を認めることは不合理と言うほかない。

ただ、本件契約が継続的契約であることに鑑みると、前示認定の本件固有の原価金二二万円相当分(警備機器代金約二〇万円及び右機器設置費用約六万円から被控訴人より支払われる工事費用四万円を差し引いたもの)についてはこれを中途解約者である被控訴人において負担すべきものとしても衡平に反するものとは言えず、また警備料につき三か月分前納する約定の趣旨に照らすと、本件のように三か月に満つる前に解約された場合には約定警備料のほか三か月に満つるまでの警備料相当額(三か月分の警備料七万四七〇〇円から解約日までの警備料三万八八二四円を差し引いた金三万五八七六円)を徴収されることは被控訴人にとっても受忍すべきところであるから、本件解約金のうち、右合計金二五万五八七六円相当分については適正な範囲の約定として合理性を有するものと解するのが相当である。

3  従って、本件解約金約定は右適正な範囲での賠償予約を定めるものとして当事者間に拘束力があるものと認定すべきである。

三  次に抗弁につき審案するに、本件解約金約定の拘束力が右認定の限度である以上、過大な解約金の負担を被控訴人に強いるものとは到底認められないから、公序良俗に反するものとは言えず、抗弁主張は排斥を免れない。

四  そうすると控訴人の本訴請求は、請求原因6の(一)ないし(四)掲記の金員及び同(五)掲記の約定解約金の内金二五万五八七六円合計金三九万四七〇〇円並びにこれに対する支払命令送達の翌日である昭和五九年八月三一日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は当審における拡張部分も含め理由がないことに帰するから、前記仮執行宣言付支払命令につき右理由のある限度で支払を命ずる部分を認可し、その余を取り消したうえ、右取消にかかる部分につき控訴人の請求を棄却すべく、原判決主文第一、二項を変更し、当審における拡張請求部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西浅雄 裁判官 金馬健二 三木昌之)

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